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名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)3124号 判決

原告

仁宮常正

ほか一名

被告

佐々木政秀

主文

一  被告は原告らに対し各金八一六万五六五八円及びこれに対する昭和五八年七月八日から支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は四分し、その二を被告のその各一を原告らの各負担とする。

四  本判決は原告ら勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

(申立)

第一原告ら

一  被告は原告らに対し各金一五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年七月八日から支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言。

第二被告

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

(主張)

第一請求原因

一  事故の発生

1 日時 昭和五八年七月八日午後一一時四〇分ころ

2 場所 小牧市大字岩崎原新田一一〇番地先路上

3 加害車両 普通乗用自動車尾張小牧五五み一七〇三号

4 右運転者 被告

5 右保有者 被告

6 被害者 訴外仁宮哲基(以下、亡哲基という)

7 事故の態様 被告が飲酒のうえ、亡哲基外一名を加害車両の後部座席に乗せてこれを運転中、スピードを出しすぎていたため、時速三〇キロに制限されていた現場付近左カーブを曲がりきれず、道路右側のコンクリート電柱に加害車両を激突させた。

二  被告の責任原因

運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、加害車両を自己のために運行の用に供していた。

三  傷害の内容

亡哲基は、前記事故により、頭蓋底骨折・頭蓋骨骨折・脳挫傷の傷害を受け、約五時間後の昭和五八年七月九日午前五時一〇分ころ死亡した。

四  損害

1 逸失利益 四二九二万七九七〇円

八五八五万五九四一円×〇・五

(別紙記載のとおり昭和五七年賃金センサスにより計算生活費控除五割)

2 慰謝料 一二〇〇万円

一五〇〇万円×〇・八

(好意同乗減額二割)

3 葬儀費 七〇万円

4 弁護士費用 三〇〇万円

合計 五八六二万七九七〇円

五 相続

亡哲基の損害賠償請求権は、原告仁宮常正(父)、同仁宮友子(母)が、それぞれ二分の一宛相続した。

六 損害の填補

自賠責保険金支払額 二〇〇〇万円

原告両名の損害賠償請求権に、それぞれ二分の一宛充当した。

七 結論

よつて、原告両名は、被告に対し、それぞれ金一九三一万三九八五円の損害賠償請求権を有するところ、そのうち、各金一五〇〇万円と、これに対する不法行為の日である昭和五八年七月八日から支払い済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二請求原因に対する答弁

一 請求原因一は認める。

二 同二は認める。

三 同三のうち亡哲基が本件事故により負傷し原告主張の日時頃死亡した事実は認めるが負傷の詳細は知らない。

四 同四は争う。

五 同五は認める。

六 同六は認める。

第三被告の主張

一 過失相殺及び好意同乗

被告と亡哲基とは同一会社に勤務する同僚であり、本件事故当夜他の社員四名と二台の自動車に分乗して小牧市内の炉辺焼「右門」に行き、同日午後九時頃から同日午後一一時四〇分頃まで飲食し、共に酒に酔つた状態となり、被告が亡哲基外一名を自宅に送るべく両名を後部座席に乗せて先ず亡哲基の居住する独身寮に向け加害車両を運転中、本件事故が発生した。

亡哲基は被告が酒に酔つていることを知りながら加害車両に乗り込み自宅まで送つてもらおうとした点に重大な過失があり、また被告がスピード違反をしたのは亡哲基が独身寮の門限にまにあうよう急いだためであるから、亡哲基は加害車の運行利益を共有していたものというべきであるから、損害賠償額算定にあたり斟酌されるべきである。

二 損害の填補

被告は訴外日本火災海上保険株式会社(以下保険会社という。)と加害車両につき自家用自動車保険契約を締結しており、保険会社は昭和五八年一〇月四日同保険契約の搭乗者傷害条項に基づき本件事故による亡哲基の死亡につき同人の相続人である原告らに対し死亡保険金七〇〇万円を支払つたから、本件損害賠償額から控除されるべきである。

第四被告らの主張に対する原告の答弁

一 過失相殺及び好意同乗について

同主張事実のうち、亡哲基が加害車両の後部座席に同乗していた点は認め、その余は知らない。

被告の運転はS字状の狭い道路を時速九〇キロメートル以上の猛スピードで走行するという全く無謀なものであつて、その過失は極めて重大であり、亡哲基に仮に過失があつたとしてもその割合は極めて軽微であり、又亡哲基は単なる同乗者であつて共同運行共用者的立場になかつたから損害賠償額算定にあたつて減額の余地はない。

二 損害の填補について

右主張事実は認めるが、損害の填補の対象とならない。搭乗者傷害保険は、主契約たる自動車保険契約の被保険者が搭乗者に対して損害賠償責任を負担すると否とにかかわりなく定額に準ずる保険金が支払われるもので一種の見舞金の性質を有するものである。保険者に損害賠償請求権の代位が認められていないことも、これを裏付けるものである。

(証拠)

本件記録中、証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因一、二の各事実及び亡哲基が本件事故により負傷し昭和五八年七月九日死亡した事実は当事者間に争いがない。

二  よつて亡哲基死亡による損害について検討する。

1  逸失利益 金二三七七万九二四〇円

調査嘱託の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、亡哲基は本件事故当時満一八歳の健康な男子であるから満六七歳に達するまで就労でき、当時訴外株式会社大隈鉄工所に勤務(昭和五八年四月一日入社)し年収にして二〇〇万円を得、六〇歳の定年に達するまで勤務しその間少くともその同額を得られたものと認められ、その後七年間はその七割に相当する収入を得たものとし、また生活費控除は五割とするのが相当であるから、年五分の割合による中間利息をホフマン係数により算出控除して計算すると二三七七万九二四〇円となる。

(なお原告は右算出の基準として、年齢期間に応じた賃金センサスによることを主張する。しかし、亡哲基の死亡時の収入は証明されているから、これによらず右センサスにより算出すべき理由はない。また、本件のように死亡時一八歳の者の五〇年先までの逸失利益を考えるときは、限りなく多くの仮定のうえにたつて算出せざるを得なくなるから、原告主張のような個別的な仮定はすべて仏拭し、現在証明された事実に基づき前説示の範囲の要因によつてのみ算出するのが結局公平、妥当な結論を得るものと考えられるのであつて、原告の主張は採用しない。)

2  慰謝料 金一五〇〇万円

亡哲基の年齢、職業、原告らとの身分関係等諸般の事情に照らした相当額。

3  葬儀費 金七〇万円

本件事故と相当因果関係にある額

以上合計金三九四七万九二四〇円

三  ここで過失相殺について検討する。

成立に争いのない乙第二ないし第八号証及び被告本人尋問の結果を総合すると、被告は亡哲基と同じ会社に勤務する同僚であり、本件事故当日の夜他の同僚四名と共に小牧市内の飲食店に行き午後八時三〇分頃から一一時三〇分頃まで飲食し、被告及び亡哲基らは生ビールを大ジヨツキ二杯程のみ、被告は亡哲基を当時の住居である前記会社の寮に送るべく、他一名とともに本件加害車両の後部座席に同乗させ、呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で加害車両を運転し、同日午後一一時四〇分頃本件事故現場付近にさしかかつたが、同所は道路幅が約五・六メートルでS字状にカーブする変則の五差路で指定速度三〇キロメートルの道路であるから、高速運転は極めて危険なところであるが、時速約九〇キロメートルの高速で進行したため、右交差点内の電柱に激突させ本件事故となつたものと認められる。

右の事実によれば、本件事故は被告の飲酒運転による要因を否定できず、これを容認し同乗した亡哲基にも過失を否定できない。また、亡哲基が同乗したのは寮に送つてもらう為にした無償同乗であるから、この点も本件損害賠償額算定にあたり斟酌すべきである。ただ、本件事故は前記のような道路を時速九〇キロメートルで進行したという被告の無謀な運転が直接の原因というべきであるから、その減額は一割とするのが相当である。以上により本件事故により発生した損害賠償債権は三五五三万一三一六円とするのが相当である。

四  しかるところ請求原因五(相続)同六(自賠責保険金の支払)は当事者間に争いがないから、以上を順次処理した結果は原告ら各自につき七七六万五六五八円となる。

なお、被告は搭乗者傷害保険金七〇〇万円は右損害に填補されるべきであると主張するので検討するに、被告が保険会社と本件加害車両につき自家用自動車保険契約を締結しており、保険会社が同保険契約の搭乗者傷害条項に基づき本件事故による亡哲基の死亡につき、原告らに死亡保険金七〇〇万円を支払つた事実は当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙第九号証及び弁論の全趣旨によれば、右保険金は右保険約款第四章の定めにより、被保険自動車の被保険者(正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者)が同自動車の事故により死亡したとき、被保険自動車の保有者等の有責、無責並びに搭乗者の損害の多少を問わず死亡した被保険者の相続人に保険証券記載の保険金額(定額)が支払われるものであり、同特約第一一条は保険会社が相続人に右保険金を支払つた場合でも第三者に対して有する損害賠償請求権は保険会社に移転しない旨定めている。以上によれば一般に被保険自動車に事故が発生し死亡した搭乗者が第三者に損害賠償請求権を有する場合に、本保険金の支払はその損害の填補とならないものと解される。ところで、本件のように保険契約者が死亡搭乗者に対し損害賠償責任を有する場合について考えるに、本件特約条項を締結するとき自己の出捐によつてこれをなすのであり、その有責により搭乗者が死亡し本保険金が支払われたときは保険契約者は損害賠償債務に填補されるものと期待するのが一般であり保険会社もその趣旨で支払うべきものと解する余地があるが、このように解するときは有責行為者が第三者であるか保険契約者であるかにより死亡搭乗者の利害に重大な差が生じ衡平を失するし、保険契約者としてはその責任の填補は本来の賠償責任条項によりまかなうべきものであるから、結論を異にすべきではないと解する。したがつて、被告の右主張は採用できない。

五  弁護士費用 各金四〇万円

右損害賠償請求金額、本件訴訟の経緯に照らし本件事故と相当因果関係にある本件事故当時の原価相当額。

六  よつて、原告らの本訴請求は各自金八一六万五六五八円及びこれに対する本件事故の日より年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅野達男)

別紙 〈省略〉

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